埋もれていた幕末日記を読む|武士が歩いた上洛の道

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この日記というのは、「文久四甲子歳正月御上洛并御先登御供詰中并道中日留帳」という長い名前の日記で、文久3年12月に上洛(京都に行くこと)することになったところから書き始められています。

幕末という時代を思い浮かべると、多くのひとは、坂本龍馬や西郷隆盛、新撰組、あるいは大政奉還など、歴史の教科書でみた出来事を思い浮かべるかもしれません。

しかし、この激動の時代を生きていたのは、歴史に名を遺した英雄たちだけではありません。全国各地にそれぞれの使命を帯びて京都へ向かった数えきれないほどの武士たちがいました。

一人の武士が書き残した日記と出会ってから「何が書かれているんだろう」という興味と、その中身を知ってからは、歴史書では知ることのできない生身の武士の息遣いが伝わってきました。

ブログでは、学芸員さんの御協力のもと翻刻した日記を簡単な現代語訳にして、多くの方に読みやすい形で紹介していきます。


武士の日記にはどんなことが書かれているのか

家茂の上洛にあたり、実際に行われた伏見到着時の警備記録や、参内に伴う藩主の行動、京都市中の警備の様子、京都独特の雅な風習、そして寺社を巡り史跡見物の詳細な記録など、いろいろ興味深い資料となっています。

「この武士はなぜこの場所に行ったのだろう、この出来事をどのような気持ちで記録したのだろう」そんなことを想像しながら読んでいただければ、単なる歴史資料ではなく、一人の人物の旅の日記として親しみを感じていただけるのではないでしょうか。

また、京都へ至る街道や宿場町、寺社、城下町など、現在でも訪れることのできる場所が数多く登場します。日記を片手に現代の町を歩けば、150年以上前に同じ景色を見つめた武士の足跡を追体験できるかもしれません。

一人の武士が書き残した日記は教科書には載らない小さな出来事ですが、幕末のリアルな姿が見えてきます。

日記は、高田藩士の道中記で、当ブログでは「ぼくの上洛日記」としています。

ブログを書き続けていきますと、新しい情報が分かったときや、情報が古くなってしまったとき、または、修正箇所などがある場合に加筆・修正したりする場合があります。そのことも何卒ご了承ください。


なぜ将軍家茂が上洛したのか

ではなぜ家茂が上洛したのかというと、幕府が朝廷に対し攘夷決行の約束をしましたが、いつまで待っても約束が果たされないので朝廷が家茂を京都に呼びつけたのでした。

アダム
アダム

簡単にお願い

こばん店長
こばん店長

ちょっと家茂さん、外国人を討ち払い鎖国するって約束したのにいつ実行するの?(怒)ちょっと京都に来てお話きかせてね(怒)・・・・って感じかな~

家茂の上洛には、朝廷は攘夷決行を幕府に求めるという目的があり、幕府は京都での尊王攘夷の動きを封じるという目的がありました。

この上洛は、3代徳川家光以来229年ぶりに行われました。14代将軍家茂は生涯3回上洛しましたが、この武士が書いた日記は2回目のときのものです。


古文書を翻刻して→添削→現代語訳

「ぼくの上洛日記」は、古文書を翻刻して学芸員さんに添削していただき、自分で意訳したものをブログに書いているものです。

古文書辞典を使い一文字一文字調べながら翻刻して→添削をお願いするというものだったので、旅に出るまでものすごく時間がかかってしまいました。今回多忙を極める学芸員さんの御協力で翻刻作業が終了しました。これから意訳作業がはじまります。

更新速度はゆっくりになると思いますが、 どうか旅の最後までお付き合いください。


高田藩士は伊庭八郎と同じ場所にいたかも?!

幕臣で剣の達人、伊庭八郎をご存じでしょうか。

その八郎が書いた日記というのが、驚くことにこの高田藩士と同じ時期に同じ場所で将軍警護で京都に滞在していたときに書かれたものでした。山村竜也氏がその日記を現代語訳したもので、「幕末武士の京都グルメ日記」という本があります。

あの混乱している時代の京都で観光していたり、美味しいものを食べたりと、日々の生活を記したほのぼのとした日記となっています。

しかし「ぼくの上洛日記」を書いた高田藩士も八郎と同じくあちらこちらと観光している様子が書かれ、芝居見物までしていたようです。

幕末の京都は殺伐とした雰囲気だと思っていましたが、実際の京都では普通の生活があったのだと思わせられる日記です。

幕末武士の京都グルメ日記(山村竜也氏著)と併せて「ぼくの上洛日記」を読んでいただくとより深くこの時代が楽しめると思います。

この日記を読んで、家に居ながら高田藩士たちと一緒に旅を楽しんでいただければ嬉しく思います。

それではそろそろ旅のはじまりです。

いよいよ次のページから高田藩士が幕末に書いた日記の旅が始まります。